Why not adventure?
見たこと,やったこと,感じたこと(あと笑ったことも)を自分の中に刻み込むことを目的にしています. それ故に時々ちょっと重い内容になるかもしれませんがご了承を.
Ads by Google--.--.--
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment [-] | TrackBack [-]
Life is good2005.08.31
帰国早々,友人達と恵比寿のイタリアンレストラン[フレーゴリ]で食事をすることになった.ここは前から来たいと思っていたのだがなかなか機会に恵まれてこなかったため,場所をここに指定してくれた友人に心から感謝した.
例によって大学での用事に時間がかかり,遅刻してしまった.携帯メールで「先に始めておいて」と伝えておいたのだが(日本語で簡単にメールできるのが嬉しい),にもかかわらずみんな待ってくれていた.ほんま,申し訳ない…
来ていた人の中に一人初対面の人がいた.その人は歌人のHさんといってNHKの短歌講座に出ていたり,エッセーが馬鹿売れしたりと,現代日本詩界の若手をリードする著名人だった.自分は彼を存じ上げていなかったが,話をしてみるととても面白く(彼の性格があまりにも自分と正反対だった),彼にとっても僕の存在が新鮮だったらしく,僕らはたくさん話しをした.そしてたくさん笑った.
それ以外の友人達との会話も大いに盛り上がった.日本語で(一人イギリス人もいたけど),気の許せる仲間達と,美味いメシ(と酒)を食べながら過ごす時間は言葉では説明しがたい幸福だった.
Good food, good wine, good friend, life is good.
(美味しい食事と美味しいワイン,そして[それを一緒に楽しめる]良い友人がいれば,人生は最高だ)
以前オーストラリア人と飲んだ時にこう言っていた.この日は改めてこれに深く同意する一夜だった.
新PCゲット!2005.08.30
二度目のクラッシュを遂げたDynabookに見切りをつけ(中古で買った割には獅子奮迅の働きをしてくれた),今回の帰国中に新しくノートPCを買うことに.
購入の基準は
・軽い(1.5kg以下)
・光学ドライブ内蔵
・無線LAN内蔵
・できればデザインが格好いい
・バッテリもできれば長時間使えた方がいい
てなところ.
以前持っていたDynabookは上の基準のほとんどを満たしていたが,光学ドライブがついてなくて,これは意外に不便だった(外付けドライブをいちいち持ち歩かなくてはいけないので).
そんな感じで市場に出回っているノートPCをチェックすると,自然とPanasonicのLet's noteだけが残った.こいつは光学ドライブ内蔵で1.2kg弱,そしてバッテリも7時間もつという驚異のスペック.デザインがイマイチぱっとしないのだが,その点を除くと現在の市場にこいつに追随できるPCは存在しなかった.
そんなわけで大学生協で即購入.キャンペーン中ということで増設メモリもおまけしてくれた.これで驚異のメモリ1GB!
というわけでPCが新しく生まれ変わって再発進です.今後はあまり不具合が起きないように祈ってやってください.お礼に皆さんのPCが壊れないことも祈っておきますので.(笑)
突然やけど2005.08.29
以前友人へのメールの件名を「突然やけど」(=「突然だけど」の関西弁)として送ったらその友人(鳥取出身)から「突然火傷(やけど)になったのかと思ってびっくりした」と言われた...どうでもいいですね.すみません.
というわけで,突然のことながら実は8月30日から9月6日まで一時帰国していました.帰国の理由は早くもホームシックになったから,というわけでは全くなく,ビザおよび日本の大学への諸手続きをするため.まさかこんな早くに帰国することになるとは…
とりあえず今回の帰国中にやるべき事として立てた個人的目標は二つ:
・美味しいワインを飲む
・美味しい梨・桃を食う
食い意地張っていてすみません.バンコクにいて日本食に飢えたりはしないのですが,ビール天国のバンコクではワインはまだポピュラーではなく,すでに禁断症状が出ていたのです...
というわけで帰国.ホームシックではなかったとはいえ,やはり成田で飛行機から降りると思わず頬が緩んでしまった.
ビッグウィークエンドは終わらない2005.08.28
やはりその電話はかかってきた.朝の静寂を破って.一度はベッドの中で無視したが,無視しながら考えた.行くべきか,行かざるべきか.数分の思案の結果,自分の中の人生の原則*に則り,行くことに決めた.
実は今日はポムと一緒に彼女の姉夫婦がいる隣の県に行く約束をしていたのだ.ただ,昨日彼女とともに夜更かしをしていたのでもうあの話しはないことになっていることを期待していた.しかし彼女はしっかり約束の時間(6時!!)に電話をかけてきたのだ.というわけでベッドから飛び起き待ち合わせ場所へのバスに飛び乗る.こうなればやけっぱちだ.
(*「その場では多少面倒くさいと思っても,後々考えるとやってよかったと思えることが多いので,ちょっと歯を食いしばってでもやってみた方がよい」という経験則)
でもやっぱり田舎が好っきゃねん!
夜遊び夜遊び2005.08.27
冒頭からこんなことを書くのも何だが,夜遊びが好きだ.なぜだかよくわからないけど昔から夜遊びしていると妙に心がときめく.
バンコクに来てからは一緒にそういう事をする友達に恵まれず,毎晩おとなしくしていたのだが,この日は期せずしてバンコク夜遊びデビューとなった.
夜の街で突如出くわしたバナナの大群.こんなの初めて見た
無事帰還2005.08.27
というわけで無事ラオスから戻ってきました.
色々あった1週間,このブログに書きたいこともたくさんです.
早く10月に追いつこう.9月は飛ばすぜ.
ビエンチャンといえばメコンの夕日ですな
ビエンチャンへ2005.08.27
このブログをご覧の貴重な(奇特な?)皆様:
今夜(10月8日)から出張でお隣の国ラオスへ行って来ます.
その間おそらくこのブログは更新できませんのでご了承ください.(ただでさえ遅れているのに…)
金曜日にまた戻るのでそれ以降アップを再開します.
しばしの間,僕の旅の無事をお祈りください.
よろしくお願いいたします.
日本語教師になってみる2005.08.27
金曜が終われば週末だ.週末は原則としてオフィスはオフなので(そこらへんが日本とは違う),週末がくるとウキウキする.
そんな金曜の帰りがけ,ポムから「先週行った塾の女子高生が日本語を勉強したがっている.Yukioが教えてることはできないか」と頼まれていると告げられた.日本語なんて教えたことないけど何か面白そうだったし,そしてタイの女子高生というのにも多少なりとも心惹かれたので(笑),とりあえずいっぺんやってみることにした.
潜入!パンティップセンター!![バンコク電脳街]2005.08.26
愛しのDynabook SS2120が逝ってしまわれたので,ハードディスクだけ救出するためにバンコクの秋葉原と呼ばれるパンティップセンターにノートPCのハードディスク用のIDEケーブルを買いに行くことにした.
オフィス一のコンピューターオタク(でも見た目は決してアキバちゃんではない)のBovornが一緒についてきてくれた(ていうかヤツは俺をダシにパンティップに行きたかっただけだったようだが…).
噂には聞いていたがこれはすごい.小さなデパートのような建物に大小のお店がびっしり詰まっている.完成品を売っている一般向けのお店からパーツ屋さんまで.平面的に広がっている秋葉原のお店を一つのビルに押し込んだ感じ.こう見えて実は結構Computer Geekな自分は思わず心が弾んだ.
一つ気づいた事がある.このパンティップセンターにしても「バンコクの原宿」と呼ばれるサヤームスクウェアーにしても,ここバンコクでは同じ業種の店が密集したショッピングセンターを形成していることが多いのだ.このようになっていると日本のように商品を探してむやみに歩き回る必要がないため,暑いタイにはこちらの方が向いているのかも知れない.あるいはマーケット(様々な同業種店が集まっている問屋)の名残なのかもしれない.
結局目当てのものは見つからなかったが,それなりに楽しい数時間だった.ちなみに大体のパーツ(特にアジア製のもの)は日本より安いです.皆さん,狙い目です.
なぜかお坊さんもたくさんいました
小ネタ集2005.08.26
関西が誇る超人気番組「探偵ナイトスクープ」.
その中で桂小枝が時々やる小ネタ集のあまりにしょうもなさが自分は結構好きだった.
バンコクに来て3週間弱,そろそろコマいネタもたまってきたので写真をまじえて一挙放出.(注.それぞれのネタに大したオチはありません.すみません)
スウィングガールズの女の子はバンコクでも跳ねている.俺は観たことないねんけど,友人が好きだと言っていた.あとNANAとかもやってます.
BTS(バンコク市内を走る高架鉄道)の終点の貴重な映像.こういうスポットはバンコク広しといえども数カ所(理論上は4ヶ所)しかあるまい.マニア垂涎の一品.
象発見.生存は確認できなかった.数年前にバンコクに来た時は夜の車道を象がのっさのっさと歩いていた記憶があるが.今は影も形も見えない.あれは夢やったんか?
街の何気ない一角で見たポスター.何の内容かわからないけどなかなかいい絵になっていた.そういえばバンコクのアートシーンってどうなってるのかな〜.余裕ができたら見に行きたいな.
大型スーパーに来てみた.めっちゃ広い.倉庫風の建物でワンフロアの中に食品,衣類,電化製品など全ての商品が置いてある.アメリカーンな感じ.アメリカはもちろん,中米でもヨーロッパでも中国でも「コレ」はあった.こいつに世界が占拠される日もそう遠くはないか.
タイの犬ども.タイの野良犬は基本的に負け犬キャラで,ひねもすがら路上でへばってマス.
ちなみにこの後もっと接近して写真撮ろうとしたらレンズに気づいた犬が吠えだして,そしたら他の犬たちも集まってきて,犬6匹くらいに追い回されて,一瞬本気で焦りました.
バンコクではほぼ毎日,文字通りバケツをひっくり返したような大雨が降る.そのあまりのしこたま降りようはある意味気持ちよくもあり,幻想的ですらあり,思わずシャッターを切ってしまう.雨上がり(ちょうど夕方)の雲と光の陰影がこれまたいいんだわ.
ていうことで全体的な流れとしても大してオチてないけど,とりあえずこんなところで.また時々やります.
築き上がるもの2005.08.24
最近は昼食はRichardと二人で食べることが多い.始めの頃は寡黙な彼とはあまり会話が弾まず,内心どうしたものかと焦っていた.
しかし,この2週間で随分変わった.会話は双方向通話になって盛り上がるようになったし,何より一緒にいて居心地がいい.(そして彼のブリティッシュイングリッシュにも幾分慣れた) お互いの間に何かしらの信頼関係ができあがった.
こっち(バンコク)に来て新鮮なのは「人間関係をゼロから構築する」ということ.8年前に東京に出てきたときとよく似ている.あの時も友達ゼロの状態からスタートした.誰も知り合いがいないというのは不安ではあるが,失うものが何もないというのはある意味気持ちよかった.そして様々な人との関係(もちろんいい関係)が目に見えて構築されていくのも何だか嬉しかった.
気が付けば東京にはたくさんの友人ができ,そういった達成感を感じることはなくなった.が,ここへ来てまたあの感覚がフラッシュバックしている.今度は日本でなく異国バンコクの地で.
朝のお勤め2005.08.24
新しいアパートは職場まで歩くには微妙に遠い。
バスやバイクタクシーを使うという手段もあるのだが、
基本的に朝は歩いてくるようにしている。
バスは結局同じくらい時間がかかるし、
バイクタクシーは贅沢だから(なかなか爽快だけど)。
早足で歩いて大体30分。ゆっくり歩くと40分弱。
音楽を聞きながら、人や物を観察しながら、
思索をしながら歩く。これが存外悪くない。
どこかの数学者が「いつも思索をする時は(京大の)哲学の道を
散歩する」と言っていたけど、わかる気がする。
程よい外部からの刺激が思考に新たな変化を与えてくれる。
何の変わり映えのしない部屋での思考には限界がある。
そういえば山に登っているときも妙に思索が展開するけど、
それも同じ原理なのかもしれない。
これが最近の朝のお勤め。
アパートを出た通り.空が広くて嬉しいです.
チュラ大の中は緑がいっぱい.強い日差しに照らされて眩しいです.
歯を食いしばる2005.08.23
というわけでノートPCが使えない日々が始まった.
でもなんか少しせいせいするぜい.
カバンも軽いし,無駄な情報入ってこないし.
あー,スッキリ!....はぁ.(←ため息)
最近色々と不幸な事が続き,さすがにへこむ.
しかし,ここは気合いで頑張ろう.
苦しい状態の時にこそあきらめずに歯を食いしばってたら
きっといつか流れがこっちに向いてくる.
そしてその時(逆境を乗り越えたとき),自分は以前よりも
パワーアップしているということを俺は知っている.
今は試練の時だ.
↑てな感じで自分にハッパかけてました
こんな時は広い空を見て冷静さを取り戻します
結果オーライ2005.08.22
ちなみに同じ日に歯医者にも行った(同僚が歯医者に事情を説明してくれた).着いたら歯医者としばらく相談した後,よくわからないまま親不知を抜くことになった(もともと虫歯があったのでこの際だからいいかなと思って).
そしたらなんと不思議なことに熱が引いた.まったく熱との因果関係がわからなかったが,今回ばかりはそんなこと考えている余裕もないので,「結果オーライ」ということでこれ以上の分析は行わないことにした.
めでたしめでたし?
One after another2005.08.22
今日は一言で要約すると「悲しみは次から次へ訪れる」というハナシ.
熱は下がらないが,なんとか鎮痛剤を飲んで出社してみる.本当にやばいと思ったらすぐに帰るつもりで.
オフィスに着き,いつものように日本から持参した愛用のラップトップPCを開くと,,,様子がおかしい.以前クラッシュしたときと全く同じ症状を示している.何度かの再起動を繰り返した後,彼は前回と同じように永眠状態になった.
これはヤバーイ.一応パソコンはオフィスからあてがわれたデスクトップがあるが,そしてデータもまめにバックアップは取ってあったが,それでも色々と困る.とりあえず故障原因道程とバックアップしきれてなかったハードディスクのデータを救出するためにパソコンの解体を試みる.
そして,こんなの出ました.
見事に解体
詳細はこんな感じ
初めて見るノートPCの構造にしばし感動を覚えるが,感動なんかしてる場合ではない.(ちなみにこの時も体調は絶不調.)
この日からしばらくパソコンと格闘する日々が始まるのだった...
One after another.次から次にという英語の慣用句.学生の時にこれを知った時は「なるほどうまい表現だな」と思ったものだった.この日はこの言葉が頭の中をずっとぐるぐる回っていた.不幸は次から次へ.
一時死亡2005.08.21
土曜はこんな感じで楽しかったのだが,実は折からの体調の不調でけっこうしんどかった.でも,時としてサービス精神の塊のようになる自分は歯を食いしばってこらえ,何もないように振る舞っていた.
しかしアパート(新居♪)に帰ってきた来たときは明らかに高熱があった.日本から持ってきた体温計ではかってみると38.8℃!これはいけないと思い,療養に入る.
これまでの一人暮らしで培ってきたさまざまな解熱法を実践したが効を奏さず,結局日曜は一日中原因不明の39℃近い熱にうなされながら過ごした.
体はボロボロだったのだが,頭はやけに冷静で「これは困ったことになったな」と思いながら様々な策を講じていた.そして月曜の朝になっても熱はまったく引かなかった…
<後日談>
この熱はどうやら歯医者で行った根管治療が原因の上顎洞炎であったことが後日わかりました.
Pom塾へ2005.08.20
午前中に引越しを済ませ、午後はPomがバイトでやっているという個人指導塾に連れて行ってもらった。彼女曰く、「Yukioも私の教え子(小学生)と一緒にタイ語を勉強しなさい」とのこと。
電車とバスを乗り継いで結構バンコクの郊外まで行き(これだけでも自分には冒険で楽しい)、ポムの職場へ。
彼女の教え子は少し遅れてきてんけど、どことなく自分が小学校の時に同級生だった白岩君に似てた。早速そのガキとポムと俺とで三人頭を向かい合わせながらの授業が始まった。こんなこと日本でやったら絶対生徒の親から苦情が来そうだけど、そこはタイ人、気にしない。
とりあえず俺は自分の名前をタイ語で書くというミッションを受けた。タイ文字なんて書いたこともないので、必死こいて書く。田中幸夫、田中幸夫、田中幸夫、田中幸夫、、、、。その意味を考えると笑けるけど、そんな事は言ってられない。やっと書けるようになった。それから他のタイ文字を覚えたり、簡単な文法についても教えてもらった。
そんな俺を見たタイガキに「うまいね」とさらっと言われた。ちょっぴり複雑な気持ちやったけど、素直に誉め言葉として受け止めた。うーん、早くもっと読み書き(そして喋り)できるようになりたいな〜。
ちなみにタイ語で俺の名前はทๅนๅกะ ยุคิรอะとつづります。
ポムと白岩君.白岩君は素直でとってもいい少年です.
ついに引っ越す2005.08.20
ついにアパートが決まった.(これまでは例のバックパッカー向けゲストハウスやった)
そこはチュラ大の留学生寮で,オフィスから歩いて30分(チュラ大は東大以上に敷地が広いので),繁華街へも歩いて10分くらいという好条件な場所.しかも1階の共同スペースでは無線LANまえ使えてしまう.
朝早々に荷物をまとめてとうとうゲストハウスをチェックアウトする.なんだかんだいって二週間くらい住んだのでちょっぴり名残惜しい.従業員達とちょっとおしゃべりをしてから宿を後にした.そしてそこで今回のアパートの手配をしてくれているポムと合流し,トゥクトゥク(三輪オートバイタクシー)でアパートへ向かう.
アパートに着いて手続きを済ませる.どうやら新居は707号室らしい.うん,縁起がいい.そして早速部屋に向かってみると,,,非常に眺めがいい.遠くにシーロムの高層ビル街が見える.ていうか俺よく考えたら18で実家を出て一人暮らしを始めてから三階建て以上の建物に一度も住んだことがない.まさかバンコクで高層マンションデビューをするとは思ってもみなかった.
部屋の窓からの眺め.なんだかヤンエグ(←古い…)な気分デス.
なくても平気なもの,でもあると使ってしまうもの2005.08.19
人類の開発した技術の多くは上述の説明が当てはまるが,携帯電話はその最たる例だ.
もともとこっちに来るとき「携帯電話?そんなの持たんよ.日本みたいに連絡とる相手もそんなにいないし」と言っていた.それがこっちに来ると周囲の猛プッシュを受け,携帯を持つことになってしまった.(同僚のお古を借りてんけど)
モノクロディスプレイのなかなかレトロな端末やけど,Bluetoothを内蔵していて自分の現在位置が常に表示されたり,デザインが変わっていたり,意外にカワイイ.これから半年間ヨロシク.
通常はこんな感じで
両サイドのボタンを押すとワンタッチでスライドする.「むにょん」てな風に.この(ローテクだが魅力的な)アクションが気に入っている.NOKIA万歳.
スワニーにも会う2005.08.19
この日は仕事を途中で抜けて歯医者に行き,
そのあと伊勢丹があるラチャダムリに向かった.
スワニーといって昨日の記事にも書いたFASIDのフィールドワークプログラムに一緒に参加したタイ人の子が今バンコクで働いているので会う約束をしていたのだ.彼女は昨年まで名古屋大学に留学していて,日本語もぺらぺら.なんでもこの日はタイから名大に留学している学生達の飲み会とのことだった.
歯医者が長引き(そしてバスが渋滞に遭い)開始時刻には間に合わず,急いでMKというタイではマクドばりにたくさんあるタイスキのチェーン店に入ると,男女総勢10名以上がまさに鍋を食べ尽くしたところやった.(涙) 仕方がないから自分は単品メニューを頼んでもらい,初対面の方々と英語と日本語のちゃんぽんで話す.みんなノリよくて楽しかったです.
そういえば昨日Kさんに聞いたのだけど,タイでは「日本」というのはちょっとしたオシャレの象徴というかブランド化しているらしい.(日本語を勉強する大学生は今も多いし,ファッションとかも「それって日本っぽくてカワイイね」とか言うらしい)
で,何が言いたかったかというと,タイは全体的に親日的だなと生活の端々で思うということ.この日会った彼らなんかは日本に留学しているから標準以上に俺以上にフレンドリーだし.
やっぱり一国民として母国が好意的にとらえられているというのは決して悪い気はしない.でも一度これになれてしまうと反日的な所に行ったときのギャップがひどいんやろうな.
ちなみにこの日はレストランを出てからみんなでカラオケに行き,タイポップスの洗礼を受けました.
今日からこっちで撮った写真をちょこちょこ紹介する
ことにしました.(本文とはまったく関係ありません)
ちなみにこれはバンコク街頭でよくあるゴミ箱.
結構かわいいデザインなのだが,どっちが燃えるゴミで
どっちが燃えないゴミなんかがわからん…
バンコク初出会い2005.08.18
この日はこっちに来て初めて人に出会った.
すでにオフィスの人など初対面で"会った"人はたくさんいるのだが,仕事上で出会った人は多くの場合"出会い"とは言えない.出会いとはもっと掛け値なしのものであると自分はこれまでの経験から考えている.
で,会った人というのは友人の友人でKさん.彼女を紹介してくれた友人とは以前FASIDという機関のプログラムで一緒に1ヶ月インドネシアの農村フィールドワークをした仲間.まあ広い意味では仕事関係の友人ではあるが,このプログラムで出会った人達とはその後も個人的に本当にいい友人関係が続いている.そして,Kさんはそんないい友人が紹介してくれた人だったのでなんとなく気が合うんじゃないかと期待していた.
仕事が終わってからプロンポンというバンコクの銀座のような場所で待ち合わせ,Kさんに連れられるままに日本食屋に入った.
路上食堂2005.08.17
最近は段々慣れてきて(はじめの頃は言葉がまったくわからず,満足に物すら買えなかった),晩飯も宿の近くの屋台(ここでは敬意を込めて路上食堂と呼ぼう)で食べたりする.
写真を見てわかる通り,テーブルと車道の距離はおそろしく近い.フツーの感覚でいけば,排気ガスで空気が汚れててゲホゲホという感じなのだろうが,不思議とここはそれほど不快ではない.夜風に吹かれながらぼーっと道路を観察するのは冷房キンキンの屋内食堂で食べるのに勝るとも劣らないよさがある.
どうやらちょうど自分の前に団体の客が来ていたらしく,なかなか料理が出てこないので,その間路上の光景をしばし観察する.バンコクの運転は(日本で運転が乱暴と言われている)大阪や名古屋など較べものにならないくらいアグレッシブだ.
車が側道から本線に合流しようとする場合,日本だと本線の車は適当な感覚で側道の車を割り込ませてあげるのが普通だ.しかしここでは違う.本線の車は決して割り込ませまいとして前の車との車間距離を恐ろしく短くとる(ほとんど接触するくらい).そのあまりに見事なブロック具合に思わず吹き出してしまった.
ここバンコクでは路上は戦場である.
上から見るとこんな感じ.
ここが我がメインダイニングです.
バンコクで凍死!?2005.08.17
バンコクの冷房はかーなり寒い.一般に「暑い国は逆に日本よりも室内冷房を効かせる」というが(北海道の人がガンガン暖房焚くのの逆ですな),バンコクはその典型.しかもなまじっか豊かでいたる所にクーラーがあるので,さらにたちが悪い.
そして悲しきことに我がオフィスも決して例外ではない.うちの部屋は今イギリス人のリチャードと自分の二人なのだが,彼がタイ人ばりに冷房をガンガン効かす.容赦ない.いっぺんこっそり設定温度を上げておいたら,異変に気が付いたリチャードにちゃんとまた温度を下げられ,結果的に前より寒くなってしまった.(ちなみにリチャードはそれでも満足できないらしく,デスクの横に小さな扇風機を置いている.やっぱ英国産は暑さに弱いのか!?)
仕方ないからオフィスにいる時自分はOLのようにカーデガンをはおっている.それでもきついので1時間に1回くらいは外の空気に触れに行く.なんでバンコク来て寒さに苦しんでんのやろ俺.
我が部屋のクーラー.小さな部屋なのにクーラーはでかい.
こんなでかいのいらんやろう…
歯医者に行く2005.08.16
昨日無事歯医者の場所と電話番号を教えてもらい,朝早速電話してみた.
噂には聞いていたけど,本当に英語が通じない.大丈夫かなと思いつつ,「絶対いい」と言う竹亭のマスターの言葉を信じ,同じ日の午後に予約を入れてもらう.
その歯医者があるところは結構遠いので(そして例によって交通手段はバス[と禁じ手のタクシー]しかない)到達するのはなかなか難易度が高い.東京で例えるなら渋谷から南千住までバスだけで行くみたいな感じ(?)かな.
ちょっと時間に余裕を見てオフィスを出て,バスを乗り継ぎながら歯医者を目指す.停留所のアナウンスなんて当然ないバンコクのバスを使って知らない場所に行くというのは結構至難の業だったが,それでも一生懸命頭に地図を思い浮かべながら自分の現在位置を同定し,その歯医者に辿り着いた.
竹亭へ2005.08.15
ネットで歯医者を色々調べた結果,カオサンにある日本食屋さんのやっているブログにて良さそうな歯医者さん情報を発見.早速問い合わせのメールをしてみる.
曰く,そこは小さな街医者(ならぬ街歯医者)なので場所を説明するためには店に来てくださいとのこと.ここでもやはり背に腹は代えられぬ,急遽カオサンへ行くことに.カオサンといえばバックパッカーの聖地.まさかこんなことで行くことになるとは...
自分がいるサヤームからカオサンはそこそこ遠い.しかも厄介なのはカオサンのある一帯は電車などが走っていないためバスなどの比較的難易度の高い交通機関を乗って行かなくてはいけない.タクシーで行けば楽チンだけど,そこらへんは変なプライドが許さない.
というわけでレッツゴー.
まずはボート.バンコクには東西に細い運河が流れており,そこをボートが行き来してて,市民の足となっている.運河の水は筆舌し難いほど汚いけど,走り出すとなかなか爽快(←水上乗り物ずき)
ボートの内側はこんな感じになってる.汚水(河の水やけど)が入ってこないようブルーシートでしっかりカバー(乗下船時はこのカバーがすーっとおりる).みんなお行儀よく列になって座っている.
ピーンチ!2005.08.15
昨日の夜から歯が痛い.
ていうか昨晩は3時頃から痛みで寝られなかった.
ついにやってしまった.海外で虫歯...
これだけはやらんようにと毎日一生懸命歯磨いてたのに..
とりあえずネットで歯医者さん情報集め.
さすがバンコクは東南アジア随一の都会なので
歯科医療技術と設備は整っているみたいで一安心.
でも料金は日本より高そう(注.歯科疾病は海外傷害保険の適用外らしい.)
まあ背に腹は代えられぬ.急いで行動に移そう.
徐々に調子が出てくる2005.08.13
今日は土曜日.
こちらで働きだしてから初の週末.
この日は昼からバンコク在住の数少ない友人(大学の学部の時の同期)とお昼を一緒にする約束をしていた.
待ち合わせていた伊勢丹(バンコク店)の小綺麗なオシャレダイニングカフェのような店で食事をした.メシはタイ料理なのだけど屋台の方が美味しかった.友人は何だか他に用事があるようだったので早々に切り上げて別れた.
時間はまだ2時過ぎ.さてどうしたものかと思いながら,何となく街をふらついてみることにする.目的地は特に決めず,気の向く方向にふらふらと歩く.そうこうしているうちに結局BTS(バンコクの高架電車)3駅分くらい歩いてしまった.
特にどこを訪れたというわけでないけど,人々を観察したり,不思議な物を見つけたり,一瞬道に迷ってみたり,何だか楽しかった.自分の中で眠っていた旅心が徐々に蘇ってきているのがわかり,ちょっと嬉しかった.
例によって晩飯を外で食べ,宿に帰る途中の街中で宿の従業員のコ(初めは俺にやたらと冷たかった)が恋人らしき少年と一緒に座っていて,俺に声をかけてくれた.さらに帰る途中,馴染みの屋台のおばちゃんと少し立ち話をした.宿に帰ってからこっちに着いて初めて手紙を書いてみた.
少しずつ,生活の中に嬉しいことが増えてきた.
原点回帰2005.08.13
どちらかというとあまり金銭に対する執着が薄いほうだ(かといってお金持ちなわけでは決してない).
でもちょっとお金のことについて考えた.それは今回の自分に対する給料が上司に言い渡されたから.
下世話だけど話にリアリティーを持ってもらうために俺の給与明細を大公開すると,
-基本給15,000B(バーツ)
-住居費完全支給
-旅費支給
というものだった.
1Bは大体2.7円,住居費はおそらく5000〜10000Bなので,俺の給料は大体20,000〜25,000B,およそ55,000〜70,000円くらいということになる.
この額を言い渡されたとき,ちょっと複雑な気持ちだった.
とりあえず日々どんな感じかというと2005.08.12
そんなこんなでオフィスへの出勤を何回か重ねるうちに,なんとなく日々の仕事のリズムがわかって(できて)きた.
とりあえず目下やらないといけないことは:
・こちらでの滞在用ビザ取得のための諸手続(こちらの機関と日本の所属機関との間で色々書類をやりとりせなあかんくてめんどくさい)
・家探し(現在は一時的にバックパッカー用のゲストハウスに泊まっている)
・プロジェクトの進行(これがメイン.UNEP(国連環境計画)の6ヶ月のリサーチプロジェクトの専属研究員として研究を行う.)
とまあこんな感じ.
で,大体毎日どんな感じで過ごすかというと,
9:00 出社(宿から歩いて大体20~30分くらい)
<研究を進めたり,適宜ビザなどの諸手続をやったり>
12:30 昼食(大体チュラ大の学食)
<午前中と一緒>
17:30 大体これくらいの時間にみんな仕事を上がる.
同部屋のRichardは愛妻の待つ家へそそくさと帰る.
<俺はこの後もオフィスに残ってここでの仕事や日本での仕事・メール処理などをすることが多い.(宿ではネットが使えないため)>
20:00~21:00くらいに帰宅.途中どこかでメシを食って帰る.
とまあこんな感じです.
ゲストハウスのスタッフは俺がいつもあまりに規則的に出かけて帰ってくる様子を不思議がってる模様.
まだ大して友達もおらず大してやることもない.家も決まってないので物を買う気もしない(荷物を増やすと移動の時に面倒なので).酒でも飲もうかと思うがこちらに来て以来(本当は来るちょっと前から)風邪気味で調子が悪い.
昼間の仕事は楽しいのだが,トータルで見るとややくすぶっている感じ.これが人生初の海外生活一週間目の心境.
Made in Thailand2005.08.11
「熱帯の国と言えば蚊だ!」と思い,
悲劇が起こる前にと急いでスーパーに
蚊取り線香を買いに走る.
そしたらやっぱりありました.
この蚊取り線香,地元のメーカーが一生懸命「日本ブランド」っぽさを出そうとしてるのか,真ん中に日本語で「かとりせんこう」って書かれてある.
でも残りの部分は全てタイ文字だし,挙げ句の果てには真ん中に象さん(=タイの象徴)がいらっしゃる.そしてその横には「象王蚊取」なる謎の中国語が…
なかなか迷走極まったデザインが気に入り,これを購入した.
[後日談ですが,結局バンコクにはあまり蚊はおらず,蚊取り線香もほとんど日の目を見てないっす]

